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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)229号 判決

原告 西川テル

右訴訟代理人弁護士 坂本秀之

被告 大竹清

右訴訟代理人弁護士 加藤充

佐藤哲

土田嘉平

杉山彬

主文

被告は原告に対し、別紙目録第二記載の建物を明け渡し、かつ、昭和三七年七月一日から右明渡ずみに至るまで一か月一、九〇〇円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その一を原告の負担とする。

この判決は、原告において三〇〇、〇〇〇円の担保を供託するときは、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告側

(1)  被告は原告に対し、別紙目録記載の建物を明け渡し、かつ、昭和三七年七月一日から明渡ずみに至るまで一か月五、一〇〇円の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告側

請求棄却、訴訟費用原告負担の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

(1)  原告の先代西川竹松は、昭和一一年八月二一日被告に対し別紙目録第二記載の建物(以下単に第二建物という。)を、次いで昭和一七年三月一日同目録第一記載の建物(以下単に第一建物という。)を、いずれも期間の定めなく、居宅として賃貸した。

(2)  第二建物は、第一建物の裏手にあり、第一建物を賃貸して以来、右両建物は一体として被告に賃貸されていた。

(3)  右竹松は昭和三二年一月一二日死亡し、原告は、相続によって、右各賃貸人の地位を承継した。

(4)  その後、賃料は増額され、昭和三七年、第一建物については一か月三、二〇〇円に、第二建物については同じく一、九〇〇円となった。

(5)  被告は、原告に無断で、第二建物の一階の床を取りはずして土間とし、昭和三七年五月ころには、右建物を訴外杉本義則に転貸し、同人をして、同建物において写真製版業を営ませるに至った。

(6)  そこで、原告は、昭和三七年六月一二日付内容証明郵便によって、被告に対し、同月末までに右建物を原状に復すよう、もし右期限までにこれに応じないときは、右両建物に対する本件賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに条件付契約解除の意思表示を発し、右書面はそのころ被告に到達した。

(7)  しかしながら、被告は右催告に応じないばかりか、昭和三八年一一月下旬前記杉本が第二建物から退去するや、入れ替りに訴外福島喜好にこれを賃料一か月一五、〇〇〇円で転貸し、同人をして、同様同所で写真製版業を営ませるに至った。

(8)  よって、本件賃貸借契約は、昭和三七年六月末日をもって解除により終了した。しかるに、被告はなお本件両建物を占有し、これを被告に返還しないので、原告は被告に対し、右契約終了を原因として、右建物の明渡を求めるとともに、契約終了の日の翌日である同年七月一日から右明渡の完了に至るまで一か月五、一〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

≪省略≫

二  被告の答弁

(1)  請求原因(1)の事実は、賃貸年月日および建物の使用目的を除いて、これを認める。

第一建物を賃借したのは昭和九年一月ころであり、第二建物を賃借したのは同一一年八月二一日である。賃借当時の第一建物の状況は、階下が土間(六畳分)、三畳、四・五畳、階上が八畳、三畳、二畳であり、土間は被告の営む工業薬品問屋の営業に使用する目的で、他は家族および従業員の居住に供する目的で貸借した。また、第二建物の当時の状況は、階下が土間(六畳分)、四・五畳、階上が六畳であり、これらは、従業員の宿所ならびに倉庫として使用する目的で賃借したものである。

(2)  同(2)の事実中、第一建物と第二建物の位置関係は認めるが、その余の事実は否認する。両建物は、それぞれ別個の契約によって賃貸されたものであって、一体として賃貸されたものではない。

≪以下事実省略≫

理由

一、被告が原告の先代竹松から本件両建物を賃借したこと、その後昭和三二年一月一二日、竹松の死亡により、原告が右賃貸人の地位を承継したこと、およびその各賃料が請求原因(4)のとおり増額されたことは、当事者間に争いがない。そして、その賃貸年月日および賃貸目的については、≪証拠省略≫によって、被告の答弁(1)のとおりであることが認められ、他にこの認定を左右する証拠はない。

二、そこで、つぎに本件賃貸借契約の解除の効果について判断する。

(1)  原告が昭和三七年六月一二日付書面により、被告に対し、請求原因(6)記載のような催告ならびに条件付解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

(2)  ところで、その解除原因の有無について考えるのに、まず、無断改造の点は、被告が第二建物の床を取りはずし、そこを土間として使用していることは、被告の争わないところであるが、≪証拠省略≫によれば、被告は、第二建物を賃借した当時、竹松から、ここを土間とし、商品置場に使用することについて承諾をえ、以来そのようにして使用してきたことが認められ、この認定を左右する証拠はないから、この点に関する原告の主張は採用できない。

(3)  つぎに、無断転貸の点について考えるのに、≪証拠省略≫を総合すると、次項の事実を認めることができる。

(4)  すなわち、被告は、第二建物を賃借して以来、ここを自己の経営する工業薬品販売業の商品倉庫として使用してきたが、昭和三七年春ころ、顧客の一人であって写真製版の技術をもつ訴外杉本義則の誘いに応じ、同建物において、共同事業の名目のもとに写真製版業を始めることとし、同年五月ころ、同人所有の製版機械を同建物の土間に持ち込み、入口附近に「一進社」の看板を掲げ、同人が同建物に住み込んで製版業を開始するに至った。右事業は、対外的には、被告と杉本の共同事業とし、杉本はもっぱら技術面を担当し、被告が外交、帳簿、税務関係を担当することとし、利益は被告が四分とるということにしてはあったが、実際の営業は、もっぱら、杉本が行ない、被告はまったくこれに関与しておらず、利益配分という名目ではあるが、実際は、毎月一〇、〇〇〇円ないし一五、〇〇〇円の賃料相当額が杉本から被告に支払われていたもので、第二建物は、もっぱら杉本がこれを占有使用していた。杉本は、昭和三七年一〇月訴外中橋を、ついで翌三八年七月には訴外福島好孝を工員として雇い入れ、印刷会社から製版の仕事をもらい、その工賃をえて生計を立てていたが、病身で成績があがらず、昭和三八年一二月には入院したため、翌三九年初めには、杉本の推せんによって訴外福島喜好を第二建物に入れ、同人が従来杉本の行なっていた営業を引き継いで行なうに至った。

(5)  以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(6)  もっとも、≪証拠省略≫によれば、被告は、本件解除通知後の昭和三七年一〇月ころ、右杉本に経営資金として一〇万円を渡していることがうかがわれる。しかし、これが単なる貸金であるか共同事業の出資金であるかは、右供述だけから直ちに判定することができないばかりでなく、事業の実体が先に認定したとおりである以上、被告がこれに事業資金を提供したとしても、右建物の占有の実体が変るものとはいい難い。また、同供述中には、被告は、杉本から利益配分を受けたが賃料は受け取っていないとの供述部分があるが、≪証拠省略≫からすれば、杉本も被告も右営業に関しては事業税を申告したことも納税したこともないことが明らかであって、そのような利益の配分を受けえたものとは思われない。なお、≪証拠省略≫には、右事業主は被告であって前記福島喜好は一使用人の如く記載されているが、≪証拠省略≫によれば、右は、いずれも原告から本件建物に対して仮処分が執行された後に作成されたものであることが認められるうえ、その記載内容からみて、もっぱら、税金対策上作成されたものであることがうかがわれるので、いずれも本件建物の占有関係を認定するための証拠として採用することはできない。

(7)  ところで、前記(6)認定の事実によれば、杉本は、昭和三七年五月ころには、第二建物を被告から借り受けてこれを独占排他的に占有するに至ったもので、被告は、右建物を杉本に転貸したものとみなければならない。そして、被告は、同年六月本件解除通知を受けながら、その催告期限である同月末日までにこの状態を原状に復しなかったのであるから、右解除の意思表示は、同建物の賃貸借に関するかぎり、同月末日の経過とともにその効力を発生し、右賃貸借は、同日をもって終了したものというべきである。

(8)  なお、被告は、原告の承認ないし解除の意思表示の撤回を主張するが、そのような事実を認めうる証拠はなく、右主張は採用することができない。また、≪証拠省略≫によれば、その後前記福島喜好も第二建物から退去し、現在は被告がその占有を回復している事情がうかがわれるが、それも、本件解除通知から一年半余を経て、原告の仮処分が執行された後のことであるから前記契約解除の効力を左右するものとはいい難い。

(9)  ところで、原告は、本件解除の意思表示が第一建物の賃貸借にも及ぶかの如く主張するが、さきにも認定したとおり、第一建物の賃貸借と第二建物の賃貸借は、当初から別個になされており、以来賃料も別個に定められてきたものであるから、その利用状況が事実上一体とされていても、両者は別個の契約とみることができ、一方に関する債務の不履行は、直ちに他方の債務不履行ということはできない。なるほど、賃貸借契約の基礎をなす信頼関係は、同一の賃貸人と賃借人との間においては共通の基盤を有するものであるけれども、継続的契約関係のいわゆる解除原因としてこの信頼関係が破壊されたといいうるためには、単に相手方に対し徳義上不信感を与える所為があったというのでは足りず、当該契約上の義務の履行が危殆にひんし、将来その履行が期待しえないような事態の生ずることを要するものと解するのが相当である。本件の場合、被告において、第一建物についてはなんら債務不履行の事実はなく、また、将来そのような事態の生ずることをうかがわせるような証拠は何もないのであるから、前記の事情をもって、直ちに第一建物の賃貸借の解除原因とすることはできない。

三、なお、原告は、予備的に、前記認定のような事情を解約申入れの正当事由として主張する。しかしながら、借家法一条の二は、賃貸人が当該貸家を自ら使用するためにその明け渡しを求める必要があるか否か等、その利用の面における合理的調整をはかる趣旨に出た規定であって、ここにいう正当事由とは、賃貸人にとってはこれを自ら利用することを必要とする事由をいうにほかならない。したがって、賃借人の債務不履行ないし不信行為は、いわゆる解除原因として考慮するのはともかく、それのみでは解約申入れの正当事由として考慮することはできない。原告が本件建物を自ら利用する必要については、原告の主張しないところであるし、被告が現在第一建物に居住し、ここで営業を継続していることは、≪証拠省略≫から明らかであるから、前記の事情を解約申入れの正当事由とする原告の予備的解約の主張は、失当であって採用することができない。

四  以上を要するに、第二建物の賃貸借契約は、昭和三七年六月末日をもって解除により終了したから、被告は原告に対し、右建物を返還する義務がある。しかして、被告が以後もこれを占有しその義務の履行を遅滞していることは弁論の全趣旨から明らかであるから、被告は原告に対し、右建物の賃料相当の損害を与えているものというべく、その賃料額が一か月一、九〇〇円であることは当事者間に争いがないから、被告は原告に対し、右建物を明け渡すとともに、昭和三七年七月一日から右明渡に至るまで右同額の損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求中右部分は、正当としてこれを認容すべきである。しかしながら、その余の第一建物に関する請求部分は、いずれも理由がないから失当として排斥を免れない。

そこで、右第一建物に関する請求を認容し、第二建物に関する請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種秀夫)

〈以下省略〉

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